8日、タイのプミポン国王が、アピシット首相から現在の社会情勢、特に今週末に予定されている親タクシン元首相派の赤シャツ軍団による大規模デモ集会について、説明を受けられた。国民から”父”として愛されるプミポン国王は現在、シリラート病院にてご静養中だが、決して心休まる状態ではないようだ。

さて、本題は”ロイヤル”は”ロイヤル”でも、日本の”ロイヤル”である。
皇太子さまの長女、愛子さま(小2)が、同学年の男子生徒の乱暴な振る舞いに不安を感じられ、登校拒否状態であると伝えられた。宮内庁東宮職の東宮大夫・野村一成なる人物の発言である。この御仁は、どうしてこのような発言をしたのだろうか。

「同学年」の「男子生徒」という表現は、一見、あいまいな表現であるように感じられるが、おそらく「同学年」に通う児童らにとっては、個人を特定するに十分なヒントであるに違いない。そして既に、特定の男子児童と親の名前は、同学年の児童から親へ、親から友人や親類らへと伝えられていることだろう。

また、8日、愛子さまが6日ぶりに学習院初等科に通学されたのだが、愛子さまの母親が学校まで付き添いし、授業を参観したそうだ。私は、てっきり愛子さまの母親は、野村一成という人物の発言に強い怒りを持っているのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。非常に残念である。

ここ数年、庶民の世界では、モンスター・ペアレントなる学校への無理な要望ばかりを繰り返す親が問題になっているという。学校という集団学習の場を、個別指導か何かと勘違いし、自分の子供に対する学校側の最大限の配慮を求める。具体的な事例は、他のサイトなどに多数紹介されているが、まさに手取り足取りの対応、いや応対を、我が子に望んでいるのである。

野村一成という人物の発言と、愛子さまの母親の授業参観は、このモンスター・ペアレントを超える「ロイヤル・モンスター・ペアレント」とも称すべき、天皇家の「権威」を後ろ盾とした悪行である。

まず、野村一成という人物は、愛子さまが不登校状態であることを公表するにしても、その理由を明らかにするべきではなかった。また、愛子さまの母親は、授業参観などされるべきではなかった。いや、それ以前に、野村一成という人物の発言に対して、同学年の児童と、その親への配慮が欠けていることに不快感を示すべきであった。そして、愛子さまには、庶民の生活とは喧騒に満ちたものであり、不安に感じるようなことではないと諭すべきではなかっただろうか。

「権威」とは、とても脆いものである。決して守ろうとして守れるものでもない。しかし、内部の者が崩そうとすれば、簡単に崩れ去ってしまうのだろう。言葉や文章では説明しえない、ただ、そこにある「様」こそが「権威」なのであり、今回の愛子さまの登校拒否を巡る一連の騒動は、とても「無様」なものであると感じざるを得ない。

親として、今後、どのような言動をするのか、注目したい。


以上、チラシの裏に書くべきレベルの日誌(チラ裏日誌)。