東南アジアを代表するバックパッカーの聖地カオサンでは、10日に発生した血まみれの政治闘争への動揺が広がっています。ある者は破壊された車をデジカメに収め、ある者は壁に残された弾痕を確認しています。

タイの英字紙バンコクポストによる旅行者へのインタビュー記事。
サラーコルビンさん(イギリス)は、死者21人、負傷者800人以上を出した赤シャツ軍団と治安部隊との衝突のあと、多くの外国人旅行者が荷物をまとめていると話しています。

「人々は、叫びながら走り始めました。私たちは狙われていました。」

カオサン地区にまで拡大した10日の衝突には、多くの外国人旅行者が巻き込まれました。コルビンさんも、その一人です。

「私たちは、ひどく動揺しました。睡眠剤なしには眠れませんでした。私が話した多くの旅行者が、ここ(カオサン)を出る予定をしています。」と、19歳のコルビンさんは話しました。

フラビア・クプカさん(ニュージーランド)は、「私は、もうバンコクには来ないでしょう。島には行くかもしれないけど、バンコクには来ない。私も今夜、出発します。昨日は、本当に怖かった。」と話しました。

「微笑みの国」へのクプカさんの初めての訪問でした。

世界経済が不況によって苦しむ中、タイ国内ではライバル関係にある赤と黄色の抗議グループによる抗議が繰り返されています。

これまでに最も深刻なダメージを与えた抗議は、2008年末に発生した黄色軍団によるバンコクの2空港閉鎖です。多くの旅行者がタイ国内で足止め状態となり、怒りの声が上がりました。

しかし、1ヶ月に及ぶ赤シャツ軍団によるデモ集会の後に発生した10日の暴力事件は、過去18年間で最悪の事態となりました。安宿やナイトライフ、ショッピングなどで知られるカオサンにまで衝突が拡大したことは、旅行者にとって衝撃的なものでした。

トニー・ドーハンさん(アイルランド)は、「私たちの方にも銃弾が飛んできました。爆弾も飛んできました。ガス爆弾は、私たちから10フィートのところに・・・・」と、タイの国旗や赤いバラが供えられた残骸と血痕の前に立ち、インタビューに答えました。

「私は、赤シャツが銃を持っているのを見た。彼らが軍から盗んだものに違いない。また、棒を持ち、ガラス瓶を投げていました。ここで起きた惨事です。」

小売業や観光業は、赤シャツ軍団による抗議で、甚大な被害を受けています。特に、赤シャツ軍団が4月3日にバンコク最大の商業地で集会を開始して以来、周辺の主要ショッピングセンターは休業を強いられています。

タイ小売業協会は、非常事態宣言が出される前日の8日、赤シャツ軍団によるデモ抗議により、10億バーツ(約3100万ドル)の損失が出ていると発表しました。

カオサンロードにあるダンデームホテルの受付係ジャリンガ・ジャイヤさんは11日、暴動が激化したため、恐怖を感じた客がチェックアウトを始めていると話しています。

「本当に、経営が厳しくなるでしょう。タイを訪れた旅行者たちは、あの出来事にショックを受けているでしょうから。みんな、バンコクを離れたがっているわ。」と、ジャイヤさんは話しました。

4月は、タイの正月を祝うソンクランが行われる月で、通常、数千人の観光客がタイを訪れます。しかし、今年の予約数は既に激減しており、カオサンでのイベントも中止される予定です。

10日、香港はバンコクへの渡航に対し、警戒レベルを最大に引き上げ、旅行者の安全に「脅威が及ぶ」と警告を発しました。

しかし、全ての旅行者がタイを去ったわけではありません。タイには、ビーチリゾートや、辛くておいしい料理、そして、煌びやかな寺院などがあります。

19歳のバックパッカー、シャルロット・ステージさん(デンマーク)は「私は、タイ人は観光産業で生活しており、決して旅行者が傷つけられることはないと言われました。(10日の惨劇は)怖かったですが、きっと、また来ます。」と言います。

エヴァ・ミナッシアンさん(フランス)は、「赤シャツも、軍人も、どちらも私たちに対しては、本当に親切でした。」と話し、「両者が私たちを守ってくれましたから、危険を感じることはありませんでした。」と答えています。


トラベラーズサポートアジアのふくちゃんの話によると、カオサンから国外に出ようとする人々は多いものの、ソンクラン休暇のため飛行機のチケットが取れず、仕方なくカオサンに留まる人々もいるようです。