7日朝@ラチャプラソン交差点003赤シャツ軍団の過激派として知られた軍のスペシャリスト、カッティヤ少将が17日午前9時20分、入院先の病院で死亡しました。タイの英字紙ネーションが伝えています。

ヴァジラ病院のチャイワン院長が、記者会見で発表したものです。
カッティヤ氏は、医師らによる懸命な治療も及ばず、腎不全により血圧が低下し続け、死亡しました。カッティヤ氏の遺族は午後1時、遺体を引き取り、ソアマヌス寺で葬儀を行う予定です。

カッティヤ氏は13日夜、サラデーン交差点付近で、外国人記者との会見中に狙撃されました。

カッティヤ氏の死は、赤シャツ軍団幹部のジャトゥポン氏、ナタウット氏、クワンチャイ氏らによって、ラチャプラソン交差点に集まる支持者らに伝えられました。支持者らの中には、涙を流して悲しむ姿も見られました。

赤シャツ軍団のデモ会場では、1分間の黙祷が行われました。

ジャトゥポン氏は、カッティヤ氏が政府打倒のために彼の生涯を捧げたと、故人を称えました。また、カッティヤ氏が苦しみを共有した兄弟であると話し、「彼は出来る限り最大限に、勇気を持って任務を果たした。」と語りました。

カッティヤ氏は、セーデーンの名で知られ、黄色軍団(PAD)や現政府に公然と反旗を翻しました。PADの集会に対して、M79爆弾による攻撃があるかもしれないと犯行を仄めかす発言を行ったこともあります。

さらに、今回の混乱では、正体不明の黒服軍団が、軍との闘いに挑むだろうと警告していました。

また、カッティヤ氏は「市民兵」を使用して闘おうと提案しましたが、平和的な戦いを求める赤シャツ軍団幹部らからの反発に遭い、赤シャツ軍団内部の対立が表面化していました。

しかし、3月12日のデモ行動開始以降、カッティヤ氏は警備隊を組織し、タクシン元首相から赤シャツ軍団の警備を指示されたと主張していました。