イサーンのクメール遺跡を巡る旅、第一弾は、今回が最終回です。ブリラム県からスリン県に入り、とにかくカンボジア国境を目指して進むと、クメール遺跡「プラサート・タ・ムアン・トム」に辿り着きます。
この「プラサート・タ・ムアン・トム」から先は、カンボジア領で、アンコールワットまで繋がっています。
すれ違うクルマなど1台も無い。静かな道を進む。

辿り着いたのは、こんな所。国境警察のキャンプがあった。

「プラサート・タ・ムアン・トム」のたて看板。

誰に言えば良いのか分からないけど、政府の人に断って進めとの案内。

一応、国境警察のひとに断って、中に入る。
「プラサート・タ・ムアン・トム」は、この森の奥。

いよいよ、今回の旅の目的地、「プラサート・タ・ムアン・トム」が登場。

クメール遺跡らしく塀に囲まれた神殿。

とはいえ、塀のほとんどが崩れてしまっている。

こちらも同じく、ほとんど復元されたような形跡はない。

塀の中も、崩れた柱などが、そのままの状態。

神殿に繋がる通路には、石が敷き詰められている。

壁などの装飾はなく、とてもシンプルな状態。

当時のデザインが、ほんの一部だけ残っている。


まっすぐに繋がる通路は、美しい。


顔の部分だけが削られてしまっている。

神殿脇の壁。僅かに残る当時の装飾。

他のクメール遺跡と同様に、塀は二重構造。


塀の内側には、いくつかの建物が建っている。

ある建物の中には、何に使われたのか、石の造作。

井戸ではない。もしかしたら、ヨニかも。
裏側から見た神殿の様子。

カンボジア側には、階段があった。

池は、ほかのクメール遺跡よりも、深かった。

周辺には、放置されたままの石が散在していた。

決して観光地として整備されているわけでもなく、復元がされているわけでもない「プラサート・タ・ムアン・トム」だが、発見されたままの状態の遺跡というのも、なかなか感慨深いものだった。
復元が進む前に、一度、訪れてみることをオススメします。
イサーンのクメール遺跡シリーズ第一弾
イサーンの旅、クメール遺跡「プラ サート・パノムルン」@ブリラム
イサーンの旅、クメール遺跡「プラ サート・タ・ムアン」@スリン
イサーンの旅、クメール遺跡「プラ サート・タ・ムアン・トチ」@スリン

辿り着いたのは、こんな所。国境警察のキャンプがあった。

「プラサート・タ・ムアン・トム」のたて看板。

誰に言えば良いのか分からないけど、政府の人に断って進めとの案内。

一応、国境警察のひとに断って、中に入る。
「プラサート・タ・ムアン・トム」は、この森の奥。

いよいよ、今回の旅の目的地、「プラサート・タ・ムアン・トム」が登場。

クメール遺跡らしく塀に囲まれた神殿。

とはいえ、塀のほとんどが崩れてしまっている。

こちらも同じく、ほとんど復元されたような形跡はない。

塀の中も、崩れた柱などが、そのままの状態。

神殿に繋がる通路には、石が敷き詰められている。

壁などの装飾はなく、とてもシンプルな状態。

当時のデザインが、ほんの一部だけ残っている。


まっすぐに繋がる通路は、美しい。


顔の部分だけが削られてしまっている。

神殿脇の壁。僅かに残る当時の装飾。

他のクメール遺跡と同様に、塀は二重構造。


塀の内側には、いくつかの建物が建っている。

ある建物の中には、何に使われたのか、石の造作。

井戸ではない。もしかしたら、ヨニかも。
裏側から見た神殿の様子。

カンボジア側には、階段があった。

池は、ほかのクメール遺跡よりも、深かった。

周辺には、放置されたままの石が散在していた。

決して観光地として整備されているわけでもなく、復元がされているわけでもない「プラサート・タ・ムアン・トム」だが、発見されたままの状態の遺跡というのも、なかなか感慨深いものだった。
復元が進む前に、一度、訪れてみることをオススメします。
イサーンのクメール遺跡シリーズ第一弾
イサーンの旅、クメール遺跡「プラ サート・パノムルン」@ブリラム
イサーンの旅、クメール遺跡「プラ サート・タ・ムアン」@スリン
イサーンの旅、クメール遺跡「プラ サート・タ・ムアン・トチ」@スリン














